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観測するから存在するのか [宇宙]

多元宇宙論



こういう事って時々考えるんだけど、自分とは何か?というか、自分の脳の中にある意識って何か?

自分が見ている世界は何か?

例えば、昔バンドのツアーで東京から大阪に向かうときは、東名~名神に入って大垣で降りて東名阪の桑名まで国道258号を走っていた。

不思議な事に、大垣~桑名東間では奇妙な体験が多かったんだけど・・・機材車の中から自分が見ている風景は本当に実在するのだろうか?と思ったりした。

我々が通りかかるときだけ、映画のセットみたいに道路の周囲だけ風景を作って、我々が通り過ぎるとセットを解体してるんじゃないか?みたいな不思議な気分になる・・・機材車だけで無く、新幹線であの辺りを通過するときも同じ感覚になる。

ただ、映画のセットの解釈を突き詰めていくと、道路の周囲の景色だけではなく、俺以外の全ての世界は俺が作り出している幻覚なんじゃ無いか?と思えてくる。

で、多元宇宙論という理論物理学の説がある・・・宇宙は1つでは無く無数にあって、今我々がいる宇宙は偶然地球に生命が存在できる宇宙という感じで、もっといえば、人類にとって実に都合良く出来ている宇宙。

ってか、どう考えても「この世界」は自民党の裏金問題並に都合良すぎに出来ている。

例えば月という衛星がよく判らない・・・月食や日食の絶妙な位置に居続けて、地球の回転軸を安定させている。

もし月がないと地球に生命体は産まれなかったと思う・・・月こそ我々が都合良く作り出した幻覚なんじゃ無いか?

「感じ方」だけど、例えば俺が見えている世界は、他人も同じように見えているのかな?

例えば色だけど、人間はRGB、つまり赤、緑、青しか検知出来ない、つまり人間にそれ以外の色は見えない・・・例えば黄色は脳が作り出す幻想じゃないか?という説がある。

もっといえば、この我々に都合良くできている宇宙も、我々が観測しなければ何の意味も無いんじゃないか?

量子力学の粒子の観察者効果じゃないけど、観測するから粒子の挙動が変化するわけで、宇宙も観測しなければモヤモヤした雲の状態なんじゃないかな。

つまり観測しなければ我々は存在しないのかもしれないのだ。