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山梨県立考古博物館 [寺社・城・仏像・ミュージアム]

遮光器土偶を買った



箱根を通過。


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新東名自動車道・新清水JCT~中部横断自動車道・双葉JCT、次第に富士山が大きくなる。


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中央自動車道・甲府南ICで降りる・・・休憩を入れて約2時間走って、縄文ファン必見の「山梨県立考古博物館」に到着。


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俺は縄文に関しては学校教育で習った以外の知識はなく興味も無かったんだけど、大好きな岡本太郎先生が縄文を絶賛していた事を知って俄然興味を持つようになった。

トーハク特別展「縄文―1万年の美の鼓動」は圧巻だった。

そんな縄文好きの俺が、いよいよ縄文ファンに人気の山梨県立考古博物館に入った。

平日だからなのか?入館者は我々だけの貸し切り状態だったので、マナーを気にせずKと普通の声量で会話出来たのも良かった。

年代順に展示されていて、最初は30万年~2万年前のナウマンゾウの化石から始まり、1万5千年以上前の旧石器時代の黒曜石などで作った石器などが並べられていた。

なんと、太古の山梨県には象が生息していた!

縄文時代の土器や土偶は沢山あってどれも素晴らしかった。


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弥生時代になると一気に土器が退屈になる・・・縄文土器と弥生土器の芸術性の差だけど、思うに土器の用途を見誤っているから「差」を感じるのかも。

何の面白みも無い弥生土器を観察すると、稲作が始まり収穫した米を煮炊き用の土器で炊いている。

つまり弥生土器は現在の鍋みたいな調理器具で、そういうのは質実剛健で事足りるというか、わざわざ飾り立てる必要はなかったのではないだろうか?

そうなると、同じくドングリなどの煮炊きに浸かっていたとされる縄文土器の奇妙なデザインや精密な模様は何だ?って事になるけど、食物の煮炊き用では無かったと仮定すれば弥生土器との差も解決しないだろうか?

縄文土器を学校では「底の尖った部分を地面に刺して煮炊きしていた」と習ったが縄文土器に煮炊きした痕跡は見あたらない。

もちろん煮炊き用の縄文土器もあったんだろうけど、沢山の凝った形状のデザインを見ているととても使い捨ての生活道具には見えなかった。

もし調理器具で無く祭祀などに用いたのであれば、日本各地で縄文遺跡が見つかっている事から、かなり広範囲なエリアで縄文人共通の祭祀が行われていた事になる。

他には銅鏡や銅鐸が良かった。

展示を見終えるとロビーに「国宝土偶」のガチャポンがあったので回すと「中空土偶」が出た。

物販コーナーで遮光器土偶も購入し、大満足で博物館を出た・・・


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・・・一緒に展示を見て回った博学のKは「この近くも海だったのかもね」と縄文海進の話を始めた。

縄文海進とは・・・現在の地球は氷床が南極大陸とグリーンランドにある氷河時代で、19,000年前から6,000年前まで温暖化にともなう海水準上昇が起き約120メートル海水が上昇した。

でも海水の上昇は短期間に終わり、現在の状態に戻っている。

日本でその現象が起きたのは縄文時代だったが、何故その短期間だけ温暖化が起きたのは謎とされている。

縄文海進を全く知らなかった俺はKに「地球の回転軸の傾斜角の変化による日射量の変異ではないかな?」と言ったが、どうもそうでは無いらしい・・・Kは最近騒がれている地球温暖化の原因が縄文海進と同じ現象であれば、カーボンニュートラルなんてやっても効果無いんじゃないか?と仰った。

確かに、JR中央線を東京都の真ん中まで入り込んだ所に「昭島駅」があるが、約一万二千年前の縄文時代は昭島辺りまで海だったので「昭島」とか「拝島」という島の名前が残っていて、昭島市の地域で多くの縄文遺跡が発見、発掘されている・・・つまり海面が120メートル上昇すれば昭島辺りまで海底に沈む。

思うに・・・アメリカ人達のルーツと、大昔に北アメリカ大陸で暮らしていたネイティヴインディオとは何の関係も無いのとは違い、縄文人は日本人のルーツなのでこれから更に新発見とかがあって縄文の謎が解明されれば、日本書紀以前の日本人の歴史がハッキリするかも。

縄文時代は神秘なのだ。

写真はFacebookにあります