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ゴダイゴ [音楽]

学生の頃の思い出[あせあせ(飛び散る汗)]



ゴダイゴの浅野孝已さんがお亡くなりになった。

ご冥福をお祈りします。

浅野孝已さんといえば世界標準のギターアンプであるROLANDのJC-120の開発に携わった日本のギターサウンドの産みの親みたいな存在だった。

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JCの中の歪み系の基盤を9ボルトで作動するようにしたのがBOSSの「OD-1」だから、まさに日本発ロックサウンドの原点で、JC-120は世界に燦然と輝く日本製ギターアンプの伝説的偉業だ。

JC-120はトーンを全て中立にすると浅野孝已さんの欲しい音が出る様に設計されている。

俺も昔、MargeLitchのアルバム「悲劇の泉」の「悲劇の泉」や「真夏の夢」などでJC-120を使っている…ステレオアンプなので、2本マイクを立てて位相で音を作っていた。

スピーカーがオーディオ用だから抜けが欲、硬めの輪郭のハッキリした音は録音に適していたので、当時は録音用に買おうかと思うほど気に入っていた。


そして浅野孝已さんといえばゴダイゴ。

俺は日本のロックシーンにゴダイゴが君臨していたときは外タレにドップリだったので、彼らの偉業にリアルタイムで触れる事は無かった。

ゴダイゴといえば3年間通った高校と、同級生のKを思い出す・・・。

Kは高校の1年から3年まで同じクラスだった唯一の人物で、特に親しくなる事は無かったが、一度Kの家に遊びに行った時にセミアコのギターをフェンダーのアンプに差し込んで弾いていたのを覚えているので、Kも学外でバンドを組んでいたんだと思う。

希望する進路別にクラスが振り分けられる高校3年の時、俺の選んだクラスは理数系進学組だったので女子は3名のみで、他はむさ苦しい男ばかりだったので、他の教室と違って男子校みたいな感じだった。

就職組のクラスは学生生活最後の思い出作りで華やいでいたが、俺のクラスは「数Ⅲ」とか「物理」や「化学」などの授業があって皆静かに勉強していた…こんな俺でも付箋貼りまくった数Ⅰのチャート式参考書や、 ラインマーカーと赤シートを挟んだ試験にでる英単語「シケタン」を持ち歩いていた。

教室の後ろの棚の上にエロ本と一緒にギタークラブの部室から持ってきたボロボロのガットギターが転がっていて、いつもKがそのボロギターを弾いてフォークソングを歌っていた。

卒業が近くなって良くも悪くもクラスメイト達の進路が決まった頃、なんとなくKとバンドの話をした。

Kが知る俺の楽器の技量は、文化祭のステージで演奏する為だけに臨時結成した「文化祭バンド」しか無かったので、俺はその時の事を自虐的に卑下したんだけど「それでも演奏にはなっていたよ」と優しいことを言ってくれた…卒業以降は会うことも無くなったので、それがKとの最後の会話だった。

浅野孝已さんが居なくなるのが、コロナ騒動で日本のロックが消えていくのに重なるのだ。