法隆寺・夢殿 [寺社・城・仏像・ミュージアム]
寺社・仏閣探訪ツアー2018 Vol.02
法隆寺は子供の頃からよく行っていた…毎年春にお会式が行なわれるんだけど、子供の頃は広い法隆寺の境内に夜店が並ぶのはちょっとしたイベントで、仲間達と自転車で出かけた。
東京に住むようになってからも、バンドで大阪などで演奏した帰りはメンバー達と立ち寄る観光名所だった。
法隆寺は古くて大きな寺なので、国宝仏の素晴らしさは言うまでもなく伝説や謎も多く古代史ファンには人気の寺で、俺が見仏旅行をするようになってからでも何度も足を運んでいる。
2016年の秋には、存在する事を知らない円空仏と出会って、改めて法隆寺の奥に深さを痛感した。
しかし、今回の見仏旅行前になんとなく法隆寺のホームページを調べたところ夢殿の秘仏、救世観音菩薩立像の厨子が開扉されている事を知った…救世観音は江戸時代は法隆寺の僧侶も見ることが出来ない絶対秘仏だったが、今では毎年春と秋に特別開扉されているものの、俺はまだ見たことがなかった。
夢殿は東院伽藍の中にあり、伽藍内に入る為には西院伽藍内、大宝蔵院、東院伽藍内共通のチケットが必要な為、久しぶりに法隆寺全体を見てまわる事にした。
車で法隆寺に行くが、寺に近い駐車場は全て観光バスで埋まっていて、その周囲は学生さん達とその関係者達で溢れかえっていた。
5月のGW後といえば全国の中学生の修学旅行でごった返す時期なので、落ち着いて見て回るのは不可能だった。
次々と修学旅行の団体が入っていく。
相変わらず中門は工事中で、遙々修学旅行でやってきた学生さんがちょっと可哀想になった。
金堂と五重塔がある西院伽藍内は修学旅行生で溢れかえっており、何を見るにしても長い行列に並ばなければならなかった。
それでも金堂に入って釈迦三尊を見てみると、いつの間にか金堂内もLED照明になっていて、以前なら目が慣れないと暗くて何も見えなかった金堂内が少し明るくなっていて驚いた。
若い白人の外国人旅行客達と鞍作止利作の釈迦三尊の前の金網にへばりついて、早速アキバで買った双眼鏡で見ると脇侍の薬王・薬上菩薩も凄くよく見えた。
次々と金堂に流入してくる学生達は堂内に何があるのか?に興味が無い様子で、立ち止まることもなくただ堂内を口々に大声で騒ぎながら通り過ぎていった…。
それでも我慢強く五重塔の中を見たり、人が居ない一瞬を狙って回廊の写真を撮ったりしていると…ドーッという音がしたので、そちらを見るとある学校の生徒が集団で一斉に大講堂の中を走って通り過ぎていた。
まるでバッファローの群れの様な勢いで、多くの学生が一斉に大講堂を走り抜けたので、平安時代の国宝の木製の床が轟音を立てて西院伽藍内に鳴り響いた…平安時代の国宝・薬師如来と日光菩薩、月光菩薩が振動で壊れないか心配した。
修学旅行に法隆寺見学は要らないか?と言われれば、必要だと思う。
まだ子供の中学生にとって法隆寺は退屈かもしれないが、それでも日本人として生れたからには日本の国の宝に、その場まで足を運んで実際に目の前で遭遇するのは有意義だと思う…騒いでいるので何も見ていないと思いがちだけど、それでもどういう形であっても彼らに世界のトップクラスの文化遺産の記憶が残る事は素晴らしいことだと思う。
ただ、その事とマナーは別問題で、引率する旅行会社の添乗員なり、教師が最低限のマナーを教えなきゃいけないと思うが…そういうタガが外れるのも修学旅行の良さなんだろう。
続いて入った国宝の宝庫の大宝蔵院も、喚きながら早足で歩き回る学生達に占領されていた…これは三十三間堂で遭遇した声のデカい日本のおばちゃん達や、日光東照宮で見かけた常に吠えまくる老婆の群れより凄い破壊力だったが、俺は目の前に次々と現れる国宝仏に釘付けでそれどころでは無かった。
学生達が走り回る喧噪の中で、俺はトーハクで開催された「日本国宝展」以来の玉虫厨子に画かれた釈迦の前世である摩訶薩タ王子が森で飢えた虎とその7匹の子のためにその身を投げ与えて虎の命を救おうと身投げをする「捨身飼虎図」や、雪山童子が飛び込んだ羅刹が帝釈天に姿を変える「施身聞偈図」を仰ぎ見ていた。
こういうのは、何が描かれているかを知って見ないと「見えない」。
大好きな夢違観音も、百済観音も良かった。
そして、日本最古の僧門である東門を抜けて夢殿のある東院伽藍へ歩いた。
途中、みやげものが売られていたが、特にめぼしいものは無かった…法隆寺オリジナル物販を買うなら伽藍内の販売所しか無い。
俺は西院伽藍内にあった売店で、法隆寺秘仏の絵はがきセットを買ったが、これは他では見かけなかった…見仏での貴重なグッズは見つければ「その場で即買い」が鉄則。
東院伽藍内も元気な学生達で埋め尽くされていた。
夢殿の前の椅子に疲れ切った白人の老夫婦が腰掛けていたので、隣に座って空くのを待った。
団体が途切れるのを待って、救世観音を見に行った。
夢殿の中を覗き込むと、堂内の奥の方に夢殿の厨子があり、その中に秘仏の救世観音があった。
クスノキの一木彫刻なんだけど、まるで金銅仏かと思うほど金箔の状態が良く全身が金色に輝いていた。
この像を彫った仏師は原因不明の死を遂げ、鎌倉時代に模刻しようとした仏師も亡くなったという話もあるが…アルカイックスマイルと呼ぶには少し不気味な感じ。
アルカイックスマイルといえばシルクロードを辿れば、ギリシアの首都アテネのアクロポリスにある神殿エレクテイオンから出土した紀元前530年代のコレー像が有名だけど、救世観音と似ていて口元などはそっくりだ。
夢殿の横を無邪気に駆け回る学生達をかき分けながら、法隆寺の驚異的な歴史と謎の深さを噛みしめたのだ。
法隆寺は子供の頃からよく行っていた…毎年春にお会式が行なわれるんだけど、子供の頃は広い法隆寺の境内に夜店が並ぶのはちょっとしたイベントで、仲間達と自転車で出かけた。
東京に住むようになってからも、バンドで大阪などで演奏した帰りはメンバー達と立ち寄る観光名所だった。
法隆寺は古くて大きな寺なので、国宝仏の素晴らしさは言うまでもなく伝説や謎も多く古代史ファンには人気の寺で、俺が見仏旅行をするようになってからでも何度も足を運んでいる。
2016年の秋には、存在する事を知らない円空仏と出会って、改めて法隆寺の奥に深さを痛感した。
しかし、今回の見仏旅行前になんとなく法隆寺のホームページを調べたところ夢殿の秘仏、救世観音菩薩立像の厨子が開扉されている事を知った…救世観音は江戸時代は法隆寺の僧侶も見ることが出来ない絶対秘仏だったが、今では毎年春と秋に特別開扉されているものの、俺はまだ見たことがなかった。
夢殿は東院伽藍の中にあり、伽藍内に入る為には西院伽藍内、大宝蔵院、東院伽藍内共通のチケットが必要な為、久しぶりに法隆寺全体を見てまわる事にした。
車で法隆寺に行くが、寺に近い駐車場は全て観光バスで埋まっていて、その周囲は学生さん達とその関係者達で溢れかえっていた。
5月のGW後といえば全国の中学生の修学旅行でごった返す時期なので、落ち着いて見て回るのは不可能だった。
次々と修学旅行の団体が入っていく。
相変わらず中門は工事中で、遙々修学旅行でやってきた学生さんがちょっと可哀想になった。
金堂と五重塔がある西院伽藍内は修学旅行生で溢れかえっており、何を見るにしても長い行列に並ばなければならなかった。
それでも金堂に入って釈迦三尊を見てみると、いつの間にか金堂内もLED照明になっていて、以前なら目が慣れないと暗くて何も見えなかった金堂内が少し明るくなっていて驚いた。
若い白人の外国人旅行客達と鞍作止利作の釈迦三尊の前の金網にへばりついて、早速アキバで買った双眼鏡で見ると脇侍の薬王・薬上菩薩も凄くよく見えた。
次々と金堂に流入してくる学生達は堂内に何があるのか?に興味が無い様子で、立ち止まることもなくただ堂内を口々に大声で騒ぎながら通り過ぎていった…。
それでも我慢強く五重塔の中を見たり、人が居ない一瞬を狙って回廊の写真を撮ったりしていると…ドーッという音がしたので、そちらを見るとある学校の生徒が集団で一斉に大講堂の中を走って通り過ぎていた。
まるでバッファローの群れの様な勢いで、多くの学生が一斉に大講堂を走り抜けたので、平安時代の国宝の木製の床が轟音を立てて西院伽藍内に鳴り響いた…平安時代の国宝・薬師如来と日光菩薩、月光菩薩が振動で壊れないか心配した。
修学旅行に法隆寺見学は要らないか?と言われれば、必要だと思う。
まだ子供の中学生にとって法隆寺は退屈かもしれないが、それでも日本人として生れたからには日本の国の宝に、その場まで足を運んで実際に目の前で遭遇するのは有意義だと思う…騒いでいるので何も見ていないと思いがちだけど、それでもどういう形であっても彼らに世界のトップクラスの文化遺産の記憶が残る事は素晴らしいことだと思う。
ただ、その事とマナーは別問題で、引率する旅行会社の添乗員なり、教師が最低限のマナーを教えなきゃいけないと思うが…そういうタガが外れるのも修学旅行の良さなんだろう。
続いて入った国宝の宝庫の大宝蔵院も、喚きながら早足で歩き回る学生達に占領されていた…これは三十三間堂で遭遇した声のデカい日本のおばちゃん達や、日光東照宮で見かけた常に吠えまくる老婆の群れより凄い破壊力だったが、俺は目の前に次々と現れる国宝仏に釘付けでそれどころでは無かった。
学生達が走り回る喧噪の中で、俺はトーハクで開催された「日本国宝展」以来の玉虫厨子に画かれた釈迦の前世である摩訶薩タ王子が森で飢えた虎とその7匹の子のためにその身を投げ与えて虎の命を救おうと身投げをする「捨身飼虎図」や、雪山童子が飛び込んだ羅刹が帝釈天に姿を変える「施身聞偈図」を仰ぎ見ていた。
こういうのは、何が描かれているかを知って見ないと「見えない」。
大好きな夢違観音も、百済観音も良かった。
そして、日本最古の僧門である東門を抜けて夢殿のある東院伽藍へ歩いた。
途中、みやげものが売られていたが、特にめぼしいものは無かった…法隆寺オリジナル物販を買うなら伽藍内の販売所しか無い。
俺は西院伽藍内にあった売店で、法隆寺秘仏の絵はがきセットを買ったが、これは他では見かけなかった…見仏での貴重なグッズは見つければ「その場で即買い」が鉄則。
東院伽藍内も元気な学生達で埋め尽くされていた。
夢殿の前の椅子に疲れ切った白人の老夫婦が腰掛けていたので、隣に座って空くのを待った。
団体が途切れるのを待って、救世観音を見に行った。
夢殿の中を覗き込むと、堂内の奥の方に夢殿の厨子があり、その中に秘仏の救世観音があった。
クスノキの一木彫刻なんだけど、まるで金銅仏かと思うほど金箔の状態が良く全身が金色に輝いていた。
この像を彫った仏師は原因不明の死を遂げ、鎌倉時代に模刻しようとした仏師も亡くなったという話もあるが…アルカイックスマイルと呼ぶには少し不気味な感じ。
アルカイックスマイルといえばシルクロードを辿れば、ギリシアの首都アテネのアクロポリスにある神殿エレクテイオンから出土した紀元前530年代のコレー像が有名だけど、救世観音と似ていて口元などはそっくりだ。
夢殿の横を無邪気に駆け回る学生達をかき分けながら、法隆寺の驚異的な歴史と謎の深さを噛みしめたのだ。
2018-05-22 23:51