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2017 インディ500 [モータースポーツ]

佐藤琢磨優勝[モータースポーツ]


佐藤琢磨が世界3大レースの1つ、インディー500で優勝するという歴史的快挙を成し遂げた!

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おめでとう!

日本のモータースポーツにとって歴史的な瞬間だった!

アロンソも良かったけど、佐藤琢磨の優勝で他は全部吹っ飛んだ!


1987年 …鈴鹿でF1日本GPを観戦し、アイルトン・セナの走りに感激したところから、佐藤琢磨のレース人生がスタートする。

1997年、鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラを首席で卒業、順調にF3に進むが運転免許取消処分となった事でJAF管轄下のレースに出走することができなくなり渡英、イギリスF3選手権に参戦。

2001年、日本人初のイギリスF3チャンピオンを獲得、マカオGPも優勝しF3史上最も成功したドライバーとして紹介された。

翌年、史上7人目の日本人フルタイムF1ドライバーとしてジョーダンから参戦するも、ホンダがジョーダンにエンジン提供を止めた事で、テストドライバーとしてB・A・Rに移籍。

2004年、B・A・Rのレギュラードライバーに昇格、コンストラクター2位を獲得。

2006年、チーム スーパーアグリF1チームから参戦、完走出来れば上出来という惨憺たる有様で、チームの資金難が深刻になり2008年4月のF1スペインGPをもってF1を去った。

佐藤の走りに見合う待遇が無かった辛い時期でも、弾ける様な笑顔が印象的なナイスガイだった。

2010年から活動場所をインディカー・シリーズに移し2012年にフル参戦となる。

この年3度目のインディ500で自己ベストの17位でレースを終えた。

2013年から名門AJフォイト・レーシングに4年在籍し、今年アンドレッティ・オートスポーツに移籍、インディ500で日本人史上初、アジア人としても史上初の優勝を達成した。


遂にやった。

オーバル初優勝がインディって事も驚き。

この偉業は、日本というかアジア最高のドライバーの称号を得たと言いきって良いと思う。

多くの日本最速のドライバー達がF1などに挑んできたが、佐藤琢磨と「その他」との違いは「スピード」だと思う。

佐藤琢磨の走りは時には無謀に見えるほど、思い切りの良さと度胸は突き抜けており、世界で通用する速さを持っていた。

中島悟さんの走りに危なっかしさは微塵も感じなかったが、佐藤琢磨の走りは危険に見えることが多かった。

ヤラカシも多かったけど、危険なまでの「速さ」が無ければ今回の優勝も無かった。

三大レースとなれば、関谷さんがルマン勝っているので残りはモナコGPなんだけど…こちらは永久に出そうにない。

今回インディ500を見て、久しぶりに4輪レースの面白さを感じた…セナがいなくなってからのF1に存在しなくなった「興奮」がインディーにはズッシリと存在していた。

つまり、インディーカーがモータースポーツの最高峰だと思ったし、その頂点を極めた佐藤琢磨は国民栄誉賞級の評価が相応しい。

日本の冒険野郎が世界のレジェンドになったのだ。