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祝!大和広陵高校センバツ高校野球大会出場 [ノスタルジア]

明日から聖地甲子園でセンバツ[野球]

今回の春のセンバツ高校野球大会に、俺の母校が出場する。

最近は少子化で学校が合併して名前が変わっている所が多いみたいだけど、俺の母校も名前が変わっている。
俺が在学時は「奈良県立広陵高等学校」で、野球で名門の広島の同名の学校と同じだったが、高田東高校と合併して名前が変わって「奈良県立大和広陵高等学校」になった。
合併しても場所は同じで、名前も大和が付くだけなので、違和感はないが…可哀想に高田東高校は無くなってしまったのかもしれない。

俺が通っていた時は勉強が出来る人が行く学校では無かったというか、ヤンチャな学生が多いので有名だったけど、今はさぞ立派な学校になっている事だと思う。
俺が通っていた当時は世間では評判の良くない高校だったけど、全国的に学校が荒れている時代で、俺なんかも奈良県下では有名な極悪の中学から入学したから、正直高校に進学したときは「なんて立派な学校なんだろう!」と驚いた…本気で「俺もそろそろ真面目にやらなきゃいけないな」って思った。
義務教育と違って、勉強したくて進学する学校は全然違うな!と…ある意味、過去を消して生まれ変わった気分になれた…だから、俺にとって高校の3年間は必要な時間だったんだなと思う。

その大和広陵高校が春の選抜に出場する…甲子園は今回で2度目の出場。
今回のセンバツには同じ名前の広島の広陵高校も出てくる…広島の広陵高校野球部は、元阪神の金本知憲選手を始め、福原忍、上本博紀、藤川俊介など多くのプロ野球選手を出している名門校だ。

一方俺の母校の大和広陵高校のある場所は奈良盆地のど真ん中で、学校の周囲には太古の古墳や遺跡がボコボコある場所で、卒業記念に学校から貰った記念品もそ、ういう遺跡から発掘された「鏡」の文鎮だった…もちろんレプリカだけど、良くできていて凄く気に入っている…もう数え切れないほど引っ越しとかを繰り返しているが、ずっと無くさずに側に置いている。

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こういう鏡が学校近くの遺跡から出土したらしい

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俺は野球部では無んだけど、コレといって応援する学校も無いので、この際だから母校をテレビ観戦で応援しようと思う。

俺の母校の事を回想モードで記憶を辿れば、一応それなりにアレコレ高校生活を送ったんだなと思うんだけど、それは淡い記憶でまるで他人事の様に感じる。
でも、一通りは高校生活を過ごしたと思う。

漠然としたイメージとしては…「バイク」「バイト」「ギター」「バンド」って感じかな。
田舎の高校でノビノビやれたんで、大学にも行く気になったし、ギターも上達したんだと思う。
当時はオリジナル曲を演奏するのは学外のバンドに加入して、学内で結成したバンドは文化祭とかの前に臨時で組むコピーバンドだった。
誰も同じだと思うけど、俺なんかも文化祭のステージで「DeepPurple」や「Rainbow」「RedZeppelin」などをウンザリする程演奏した。

バイクは…バイク通学は禁止で免許も取っちゃダメだったと記憶しているが、勝手に免許を取ってバイクで通学していた。
ある時、遅刻しそうで焦っていてノロノロ走る車を追い抜いていつもバイクを隠している場所に向かった。
追い抜いた車は、ノロノロ走っていたのに、俺に追い抜かれると後ろを付いてきた…その時俺は、あと1日休むと留年という出席日数ギリギリの状態だったからそれどころじゃなかった。
因みに、俺の記憶が正しければ、出席日数の計算は、1回の遅刻か早引きで半日の計算で、2回遅刻で1日休みの扱いだったと思う。

何とかギリギリ間に合って、教室で爆睡していると担任教師から職員室に呼び出された。
職員室で担任から「これ何か判るか?」とポラロイド写真を出されて、見ると俺のバイクが写っていた。
「こんなバイク見たこと無いです」とトボケルと「お前のじゃ!」と怒られた…俺が追い抜いた車は教頭先生の車だったらしい…謹慎を喰らうと出席日数で留年決定だったけど、温情采配で「親呼び出し」の刑で済んだ。

母親にその事を話すと「知らん!そんなもん!」と相手にされなかったので、担任にその通りを伝えると苦笑するだけで、それ以上咎められなかったのは意外だった…つまり、牧歌的で学生に理解のある良い学校だった…通っているときはそうは思わなかったけど、今振り返るとノンビリした良い学校だったと思う。

ギターは、バンドを組んだり、セッションをしたりして遊んでいたが、常に上手いメンバーが居なくて探していた気がする。
印象にあるのはバンドでの活動よりも、自宅でよくギターを弾いていた…練習と思わず、一日中弾いていた。
家族は俺がギターに取り憑かれたと言っていた…応接間にあった3人がけのソファーに座って弾きまくっていた。
最初のギターは中学の時に弾き潰してしまい、高校の3年間はFenderのストラトと一緒に過ごし、最初のネックはフレットがすり減って交換した。
なんとなくボーっとしている間に瞬時に通り過ぎた3年間って気がする。

しかし、こういう回想モノは後から次々想い出してくるので、書き直しが多くて困る…ここも写真と文章を書き加えた

俺なんかはナントナク通り過ぎたイメージが強い高校生活だったけど、本来なら青春を謳歌するど真ん中のお年頃で、その最たるモノが部活であり、その中での野球部というクラブの栄光の檜舞台は聖地甲子園だろう…日本の球児の誰もが憧れるのは甲子園だ。

俺なんかは同じ学校に通っただけで何も言うことは無いんだけど、大和広陵高校の人達は大いに楽しんで欲しいのだ。