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巨大魚 [ノスタルジア]

子供の頃の秋の記憶[exclamation]

ここ最近になって、ちょっとした空き地などに赤とんぼを見かけるので、まだまだ残暑が厳しいので秋という感じではないんだけど、昆虫はカレンダー通り出没している。

子供がランドセルを背負って集団登校しているのを見かけた…「新学期」という奴で、子供の頃の俺に「新学期」という響きは死刑宣告に等しかったな…それ位学校が嫌いだった。

誤解無きよう書き加えるが、友人は多かったし、夏休みの宿題は全て終えていた…そもそも毎日1日も欠かさず付ける絵日記とかは、現在のこのブログを見ても判るように、幼少から俺の得意なジャンルだった。
秋と言えば運動会だけど、俺は昔から足は速いので走る競争で負けた記憶がない…中学の時は陸上部のキャプテンだった。
だから学校の行事の何かが嫌で学校嫌いというのは無い…要するに規律だの規則だので管理されるのが大嫌いだった。

小学生の頃も…丁度今頃の季節の登下校時は「早く冬休みが来ないかなぁ〜」と心底思いながら、鉛の様な足を引きずっていた。

そんな陰鬱な気分を紛らしてくれたのは、奈良という田舎の大自然達だった。

登下校に歩く道は通学路という程立派なモノでは無く、ぶっちゃけ延々と続く水田のあぜ道だった。
俺が中学の頃になって、やっと舗装した立派な道路が出来たが、それまでは水田と水田の間にある土の道だった。

お百姓さんが歩いたりするので、歩く場所は草が無くて地面が見えていたけど、それ以外の場所は短い雑草などが生えていて時々俺達の足音で蛇などが逃げていた。
そんなあぜ道には、幅1メートルも無い用水路がチョロチョロ流れていた。
もちろん当時はコンクリートでなく、土や砂の上を水が流れていた。

工場の出す公害に何の規制もなかった高度経済成長期ど真ん中のメタンガスが吹き出るドブ川しか知らなかった俺は、奈良に転向して同級生になった「きむやん」から、透明な水が流れる用水路に「あ!魚や!」と教えられても、それが見えなかった。
川に生きた魚がいるというだけで大興奮の俺だったが、都会で退化した目は水の中で瞬時にサッと向きを変えて泳ぐ川魚を追えなかった。

当時の俺の家のあった場所は、大阪のベッドタウンで新しく造成した土地なので、そこから通う子供は皆大阪から奈良県に引っ越してきた転校生だった。
人数も他の地域と比べると少なくて、俺と同い年の同級生は「きむやん」だけだった。
確か…集団下校というのは土曜日だけで、いつも俺ときむやんは約2キロ弱ある通学路を二人で歩いていた。

未舗装のあぜ道通学路は大自然の四季を歩くようなもので、秋には柿、イチジク、ザクロ、桃などが植わっていて目に付くモノは手当たり次第に勝手にもぎ取って喰っていた。
そんな野生児の様な事を繰り返す間に、俺も大阪のひ弱な子供から奈良のガキに変化していった…。

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小学生の頃の俺

奈良盆地は稲作の水田地帯で、秋になると田んぼに水を溜めておく必要が無くなるので水を抜いて池の堤防を干す。
稲作の為に満々と、小さな湖の様に水を溜めていた池から水が無くなると、池で暮らしていた沢山の魚が一カ所に集まる。
恐らく漁業権などがあったんだろう、大人達がやってきて凄い量のコイやフナなどが集まっているところに、投網をかけていた。
大人達が立ち去った後、水が引いた巨大な池の水辺には巨大なヘラブナやライギョが打ち上げられていた。

ライギョは身体は古代魚というかシーラカンスみたいで、顔は蛇に似ていて獰猛な顔つき。
怪獣が大好きな俺ときむやんは、1メートルを超える強面のライギョが大好きだった。

浜に打ち上げられたライギョは、身体がカラカラに干からびても肺呼吸出来るので生きている。
棒で頭を叩くと鋭利な歯をむき出して「ヴォー!」と怒って吠える…もの凄い迫力だった。
俺達はライギョを誰に教えられたのか「台湾ドジョウ」と呼んでいた。
最近ネットで調べると、恐らく台湾ドジョウで無く、ライギョだったと思うが、俺達は「タイワン」と呼んでいた。

当たり前の様に盗んで喰っていた果物…水が引いた溜め池のタイワンや巨大ヘラブナ…大阪のひ弱な転校生だった俺も、いつしか真っ黒に日焼けした悪戯小僧になっていた。

そんなある日の下校時、俺ときむやんは俺達の通学路と平行している道を歩いていた。
その道が、その後整備されて舗装されて現在の通学路になったが、当時はあまり人が歩かないので背の高い雑草が生い茂る難路だった。
しかし、その道を歩けば一番大きい溜め池に直行できる…その時俺ときむやんは干からびたライギョなどお宝の宝庫である溜め池を目指していたんだと思う。

その道にも、川幅が少し広く水の量も多い用水路が流れていた。
何気なくその川を見ると、水面下にあり得ない大きさの魚影を目撃した。
俺は「きむやん!」と声を出さずに川を指さした…きむやんはその瞬間、アマゾンの奥地に住む未開のインディオの漁師の様な目になり、二人は同時にランドセルを道端に放り投げた。

誰に教わったのでも無いのに、こういうとき俺ときむやんは打ち合わせ無しにお互いが瞬時に手分けして行動できた。
次の瞬間、きむやんは下流に走り、俺は全力で上流に走った。
俺はその用水路がその先でコンクリート製の大きな土管になる事を知っていた。
魚は上流に向いて泳いでいたので、土管に入られると万事休すだ。

俺は脱兎のごとく走って川と土管の境目に先回りし、手当たり次第石を掴んで用水路にたたき込んだ。
これで魚は土管には逃げられないはずで、俺の石攻撃で下流に引き返せばきむやんが待ちかまえている!

俺は大声を出しながら道に落ちている石を川に投げて魚を下流に追い込みながら進んだ…魚影は見えない。

どこの溜め池も水を抜いている時期なので、その用水路もいつもより水量が多く水の流れも速かった。
やがてきむやんが見えてきた。
きむやんは川に降りていて、急激な水の流れと戦っていた。

俺ときむやんの距離が5メートル程に縮まった時、お互い声をかけあった。

「どない?」

「逃げられたかな…」

「そっちにおったか?」

「いてへん、おっかしいなぁ…どこいきよってんやろ」

きむやんは張り切って半ズボンギリギリの太もも辺りまである水深の川の真ん中に立って熱心に水面をのぞき込んでいたが、諦めて川から出ようとした。

その瞬間!
何処に隠れていたのか、俺の目の前から巨大魚がきむやんのいる下流目がけて凄まじい勢いで泳ぎ始めた!
巨大魚は俺達の追い込み作戦が成功して、用水路の片隅に追いつめられていた!

俺は「わぁああ〜!!おったぁ〜!そっちいったで!!」と大声を上げた!!

ただでさえ水の流れが凄くて、立っているのがやっとな状態のきむやんは、それに驚いてひっくり返ってしまった。
巨大魚の正体は判らないが、俺はその時は姿からコイだと思ったが、色ゴイでは無く真っ黒で全長1.5メートルはあったと思った。
コイならそこまで大きくなる事は無いんだけど、その時はそう見えた。

…巨大魚ときむやんはもの凄いスピードで仲良く用水路を下流に流れていった…

今考えると、きむやんは網など魚を捕獲するモノを何も持っていなかったので、足をすべらせなくても巨大魚を捕獲するのは無理だったと思う。

やがて下流方向から全身びしょ濡れで泥だらけになったきむやんがうなだれてやってきた。

「おっきかったなぁ〜」

「ものすごおっきかったで」

「あとちょっとやってんけどなぁ」

「おしかったなぁ」

その後、帰宅した泥だらけのきむやんが凄まじいお灸を据えられたのは言うまでもない。

当時学校で習った教科書の内容など何一つ覚えていないが、抜けるような青い空からの秋の日差し…あの用水路…あの土管…あの巨大魚影は今でも俺の脳裏に昨日の出来事の様に鮮明に焼き付いているのだ。