メタル荘

ブリーチ剤

誰がそう言い出したのか、付いた名前が「メタル荘」…。

そう、俺が東京で最初に住んだ木造のボロアパートだ。

板橋区大山駅から徒歩数十秒という駅の真横にあり、数センチ隣がスナックで深夜３時まで下手なカラオケの音がガンガン漏れている日当たりの悪いボロボロのアパートに住んでいた。

放火魔が火を付けてアパートの前半分のスナックが燃え、消火活動で消防隊が突入した部屋に住んでいた。
窓ガラスが割れて無く、面倒なのでサランラップをガムテープで貼っていた。
床の畳は消防の放水の水で反っくり返っているので、外国の部屋の様に靴を脱がずに使っていた。

凄まじくボロボロのアパートだったが、放火魔にやられる前から住んでいる住民もいた。
ML初代ドラマーのマコトと、その友人のメタル兄ちゃんが住んでいた。
2階建ての６部屋中、俺が入ったときに住んでいた住人は他に２名…病気で１日中寝ている爺さんと、数回後ろ姿を目撃しただけで一度も顔は見なかったイリオモテヤマネコ並に姿を見せない浪人生。

爺さんは大人しくて良い人で、時々介護の車に乗って何処かに行く以外殆ど部屋で寝ていた。
浪人生は、謎の多い奴で予備校に通うわけでもなければバイトに出るわけでもなく、殆ど部屋に居るはずなんだが部屋からは全く物音がしない。
メタル荘はペラペラの木製のドアだから、テレビの音でも外にガンガン漏れていた…下手すれば部屋の中より外で聞いた方が良く聞こえる程で、ドアなんて無いのも同じって感じだったが…そのドアの前で耳を澄ましても何も聞こえない。
寝ているのか？と思ったが、時々カチッとか音が聞こえる。
そいつが浪人生なのか？もハッキリしないが、隣で一日中マーシャルをガンガン鳴らしていても文句を言わなかったから浪人生だと思う…我慢強さが半端じゃないから。

マーシャルと言えば、当時JCM-800の三段積みを相当のボリュームで弾いていた。

ふと、人の気配で顔を上げると目の前に大家の婆さんが居て大声で喚いていた。

ウルサイから音を下げろという事らしかったが、余りの爆音で真横で怒鳴られていたのに聞こえなかった。

一人暮らしが初めての俺は、家賃さえ払えば何をしても自由と考え、防音加工でスタジオの様になっていた実家の俺の部屋と同じ感覚で弾いていたんだ。

メタル荘の裏に住んでいた大家は、爆音にするとガミガミうるさかったが、隣の浪人生からクレームは来なかった。

他の住人がそんな感じだったから、まさにメタル荘は俺達3人のモノだった。
ライブ後の打ち上げなどもわざわざ目黒から車数台で移動してきて、３つの部屋が全て満員での朝までの宴会など何でもアリ状態だった。

俺の部屋のドアは最初からカギが無かったので、誰でも自由に出入り出来、新しいドラクエなんかが出ると、誰かが勝手に泊まり込みでレベル上げをしていた…よく考えれば３段積みのアンプ２台に十数本のギター、エフェクターラック・システムにオリジナルエフェクトボード、当時はまだ高価だったビデオカメラやオーディオ・コンポ3台にテレビ、ビデオデッキ2台に冷蔵庫とエアコンなどがあったから不用心の限界を超えていたと思う。

しかし、俺の「生活」に関するモノは茶碗や皿はおろか箸すら無く、それに関係するのは「コーヒーメーカー」と「電気ポット」のみで、食事の時は主にマコトの部屋に入り浸り状態だった。
俺は母親が宅急便で送ってくれる米を丸ごとマコトに渡し、マコトの炊飯器炊いて一緒に喰っていた。

でも、半分焼け落ちたメタル荘はその存在自体が異様な貫禄を醸し出していたので、まさか半分取れかけのドアで、窓がサランラップの部屋の中がそういう状態だとは誰も思わなかったんだろうね…あの読売新聞の勧誘さえ一度もやって来なかった！

何故今メタル荘の話をするのか？と言えば、こんな質問が来た。
たいちょこんにちは（中略）youtubeのたいちょのプロフィールに使っている写真は何ですか？という質問。
小さくて判り辛いので、俺が「面」を持っていると思っている人もいたので、説明します。

まずyoutubeの写真だけど、これだ。

俺が右手に持っているのは鏡。

この写真は、初期MLのトリオ時代にメタル荘で撮影したビデオからのキャプチャー画像です。
当時は髪が伸びて黒い髪が目立ってくると、金髪に脱色するためにブリーチ剤を買ってきて、マコトの部屋でメンバー３人で「ブリーチ大会」を定期的に行っていた。

当時、男性が髪の毛の脱色をするという事は基本的に無かった。
大抵はオバサンが髪の毛を明るく染める程度で、染めるのでは無い脱色の商品はどれも質が悪かった。

今は「落ち」が良いらしいが、当時のブリーチ剤は、まず一本買ってきて説明通りにやっても、殆ど変化は無い。
大体３本で金髪、５本でブロンドってのが相場だった。
少しでも薬の効果を上げるため、ブリーチ剤を付けるとサランラップに包んでドライヤーで熱を与える。
俺達は面倒なのでコンビニの袋をかぶって、タオルで巻いてドライヤーを当てていた…恐らく全国の金髪メタラー全員がそうしていたと思う。

１人でやるのは大変だったので、メンバー全員でやっていた。

写真で俺が着ているTシャツは今は無き大阪梅田バーボンハウスのオリジナル。
これは出演していた人しか持っていないはずで、結構敷居の高い気むずかしいオーディションがあり、俺のバーボンデビューの同級生で今も残っているのはスカンチの寺西君かな、彼は当時はローリーでは無かった。

寺西君とはバーボンで知り合って、スが無くなった事も理由の１つだった。
梅田のキャンディーホールが８５年頃に事故で閉鎖になり、その数年後にバーボンハウスも事当時の俺達は既に全国ツアーで回っていたから、京都の某ライブハウスを紹介して一緒に演た事があった…寺西君は「外道」というバンドが好きだったらしく、凄く喜んでいた。

…結局、俺が東京に移住してメタル荘に住んだのも、大阪ではHR/HMバンドが出るライブハウ故で閉鎖となった。

また、当時はHR/HMバンドが何処も解散したり、活動停止が相次ぐ冬の時代だった。

東京に移住する前、アレコレとバンドから誘われ、その中の幾つかとは実際にスタジオで合わせてみた…その中の１つは名前は伏せるが蒼々たるメンバーだったけど、その時は逆にその場に見知らぬ人は居ないという大阪の狭さが嫌になって、とりあえず当時妹が住んでいたアメリカにでも行こうと思っていたが…東京が４万円で住める（実は間違い）と知って予定を変更した…。

本当は奈良の遺跡発掘の仕事が気に入っていたから、ライブハウスやバンドの環境さえ激変しなければそのまま大阪を動きたくなかったんだけどね。

でも、今になって考えるに、間違いなくあの時動いて正解だったと思う。

大山の街もあの頃とはスッカリ変わってしまい、現在メタル荘のあった所は綺麗なビルが建っている。

MLを始めた頃はメチャ貧乏で悲惨な生活だったけど、不思議なことに数々の伝説を作った「メタル荘」の事を想い出すと、楽しかった想い出ばかりが蘇る。

メタル荘ML定期ブリーチ大会でのKyo

メタル荘が焼ける前からの住人だったML初代ドラマーのマコト

「髪の毛一発で真っ白になれへんかな〜！」と気合いを入れてドライアーを当てまくる俺

どや？落ちたか？

あかんやん！全然落ちてへんやんけ！

…ってな事で、youtubeのプロフィールの小さな写真は、俺の楽しい想い出なのだ。